
テイクオフでは「ボードに手をつけられない!!」それでも僕はあきらめなかった。
障害者サーファーが訴える「サーフィンってもっと素晴らしいモノのはず!!」
2009年の夏、海上最強.com に「あるサーファー」からメールが届いた。
「あるサーファー」から届いたメールの内容は
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「サーフィンと出会い12年目になりますが、最近の薬物乱用事件のニュースは、サーフィンを愛する者にとって本当に残念でいたたまれません。」
「サーフィンという素晴らしいスポーツが、事件の為にイメージダウンになることは悔しいし、それどころかサーフィンをしていることによって、社会的信用が落ちてしまうのでは? と心配しています。」
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ということだった。
ちょどそのころ、例の「自称プロサーファー」と「清純派有名女性タレント」が、覚せい剤取締法違反(所持)の罪で逮捕された頃だった。
この事件は、様々なメディアで多く取り上げられ、「サーファーは覚せい剤や麻薬をやっているのでは?」というイメージが、社会に多く広がってしまった時期でもあった。
「海上最強.com 」のコンセプトは、「イイことも、ワルいことも、嘘なしで伝える」だったので、このニュースを積極的に取り上げていた。他のサーフィンのサイトでは、このようなサーフィンにマイナスイメージを与えてしまうニュースは、取り上げられなかったかもしれない。
そこで「海上最強.com」から一つのお願いをこのサーファーにしてみた。「サーフィンの素晴らしさを伝えたい気持ちがあるのであれば、その思いを 海上最強.com を通じて伝えてみてはどうか?」と。
この話は、一般サーファーの訴えです。彼はプロサーファーでもなく、サーフィン業界の人間でもなく、一人の障害者サーファーです。
これからハイシーズンに突入し、これからサーフィンを始める人にも、もうサーフィンをしている人にも読んでもらいたい、「明日からサーフィンをがんばろう!!」と思える話です。
「生きていて楽しいことってあるのかな?」バイク事故が原因で障害者に
「あるサーファー」とは、永野 剛士 さん。(1974.10月生まれ)
どうして障害者になってしまったのか、教えてもらった。
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神奈川県生まれで、高校生まで野球一筋で体を動かすことが、大好きな少年でした。しかし高校 2 年生のある冬の日に、バイクのスピードオーバーが原因で、バランスを崩し転倒衝突。
右上腕部開放性骨折、右膝半月板損傷で、右腕は切断するまでの重傷でしたが、親の希望と医師の懸命な治療によって、右腕はなんとか残りました。
一ヶ月の面会謝絶と五ヶ月の入院生活、半年ほど毎日通院生活が続きました。今までの人生とは一変、運動もできず、やりたいことも、できることも見つからず、完全にヘコんだ人生に陥ってしまいました。
「生きていて楽しいことってあるのかな?」とも思いましたが、仲間が心の支えになってくれていたので、なんとかリハビリに耐えることができました。
その後なんとか高校を卒業して就職。障害者認定も受けました。 3 級第 2 種の交通災害による右上肢機能障害です。
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「こんなにハードで難しいとは… サーフボードなんて買わなきゃ良かった。」
そんな永野さんに転機が訪れる。続きを教えてもらった。
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事故から 7 年半、友人とサーフィンに挑戦しました。滋賀県内のサーフショップを何軒か回った中で、一番話しやすくて、相談もしやすかったサーフショップ「キャンディーヌーサ」でサーフボードを購入しました。
「キャンディーヌーサ」のスタッフは、サーフィンを始めるにあたって本当に親身になって相談を受けてくれました。「頑張ったらできる。スクールもやっているから教えてあげるよ。(^^)」ありきたりな言葉かもしれませんが、その言葉が今でも心に残っていて、この出会いと言葉が無かったら、今の私は無いと思います。
サーフィンを始める前は、障害があることでの不安と「スノーボードが滑れるので、できるだろう」という思いと、新しいことに挑戦することのワクワク感で、色々な思いが交錯していたのを覚えています。
初めて行ったサーフポイントは、「キャンディーヌーサ」の人達と静岡県浜松市のシークレットポイントでした。サイズはハラ~ムネ前後で、パワーのある波だったのを覚えています。
始める前のイメージは、スポーツというよりレジャーというイメージでしたが、完全に誤解していました。波に乗るどころか、パドルもできない状況でした。とても怖かったです。初めてのサーフィンは、苦い思い出となりました。
「こんなにハードで難しいとは… レジャー感覚で始めたのに… サーフボードなんて買わなきゃ良かった。」と思いました。でも「止めるのはもったいないし、せっかくサーフボードを買ったので、頑張ろう!!」と思い続けました。
しかしどんなに頑張っても、テイクオフへの道のりはかなり遠かったです。手のひらで、うまく水を漕ぐことができませんでした。パドリングは水を切るような感じになってしまい、パドリングはとても遅かったです。
テイクオフも最初は、いつもフラついていました。サーフボードに手を付くことができないからです。テイクオフは左手でレールをつかみながら、右手は親指の付け根辺りを使って、レールに手をつく形でするしかなかったです。バランスがうまくとれなくて、何度も何度も波に巻かれてしまいました。
ドルフィンスルーは、右手でレールをつかめないので、右手首を使って左手とボードを挟む形でしたり、右手の親指の付け根辺りを使って、レールを付く形でやっていました。やっぱりうまくバランスがとれなくて、何度も何度も波に戻されてしまいました。
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